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rkptovsp 2013-9-20 03:17:21
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私はソファへ老人を坐らせると、「吉田さん、でしたね? 今泉さんの主治医だったのですね」「そうです。この家族みんなをずっと診て来ましたからな。家庭医と言っていただいた方がいいでしょう」 老医師は淡々とした口調で言った。もう七十歳を遥かに越えている——おそらく八十近いのではないかと思えたが、|矍鑠《かくしやく》として老いを感じさせない。「今泉仙一さんの死亡証明書を書かれましたね?」「確かに」「だが今泉さんは生きていた。そしてつい何時間か前に殺されました。——なぜ今泉さんの死亡証明書を書いたのです?」「本人に頼まれたのです」 集まった親族たちは、一様に当惑した様子で顔を見合わせた。「それはどういう理由で?」「あの人には子供じみた所がありましてね」 と吉田医師は微笑んで、「まあ、いずれにせよ老齢でしたからね、そろそろ財産の処分について考えたい、と言い出したのです」「つまり——遺産相続のことですか」「そうです。一応遺言状では三人の子供に分配されることになっていたわけですが、子供さんたちに等しくその資格があるかどうかを疑っておいででした」「ひどいわ!」 と声を上げたのは、むろん石浜由紀子である。「こっちは散々苦労させられたのに!」「お静かに」 と私は制しておいて、「吉田さん、それは今泉さんが|特に《ヽヽ》何か具体的なことで誰かを疑っていたということですか?」 老医師はゆっくり首を振った。「それは何とも申し上げられません。——さよう。そうも取れるし、そうでないようにも取れる、と申し上げる他はありませんな」「なるほど。続けて下さい」「一旦死んだふりをして、子供さんたちの反応を見てみたいというご希望だったのです。もちろん偽の死亡証明書を出すのは法に背くと重々承知はしておりましたが、今ではもう全く隠退も同様の身ですし、今泉さんとは四十年にもわたる仲でしてな、断り切れずに引き受けた、というわけで」「なるほど。それで、どういう計画だったのです?」「そこまでは知りませんな」「いつですか、その話があったのは」「その相談を受けたのがちょうど一カ月前です」「ちょうど?」「今日は二十日でしょう。毎月二十日に、私は今泉さんを診察に来るのです。むろん病気の時にも来ますがね。いや、その場合はむしろ息子に任せます。やはり近くで開業しておりますのでね」「すると先月の定例の診察日にその話があった、というわけですね」「そうです」 そこへ夕子が言葉を挟んだ,と思わず私は感嘆した。「約束ですからな」 と吉田医師は事もなげに言った。「今泉さんの計画について、何か|洩《も》れ聞いたことでもありませんか?」「ありません」「そうですか。結構です。ただ、この件はやはり——」 と私が言いかけるのを遮って、「いや、医師の免許を取り上げられるのは覚悟の上です。取り上げられたところで、どうせ今泉さんが本当に亡くなってしまえば私の仕事もなくなるわけで、別に痛くもかゆくもありませんからな。——ではこれで」「ああ、吉田さん」 と私はドアの方へ行きかけた吉田医師を呼び止めた。「今泉さんの長い間のご友人として、今泉さんを恨んでいる人間の心当りがあれば伺いたいのですが」「犯人の、という意味ですな」「まあそうです」 吉田医師はちょっと皮肉をこめた目を今泉の子供たちの方へ向けると、「三人の子供なら、誰だってやりかねませんな」 とはっきり言ってから、「しかし、みんなその度胸がありますまい」
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